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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)837号 判決

上告人

鈴木幸江

ほか一名

代理人

安達幸衛

ほか一名

被上告人

浅井すゞ

代理人

小川清俊

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人安達幸衛、同高木善種の上告理由第一点および第四点について。

所論は、本件不動産につき抵当権者からの競売の申立に基づき競売開始決定がされてその旨登記されたことにより、被上告人の取得時効が中断されたものと認められるべきであると主張する。しかし、被上告人は右不動産につき所有権取得登記を経由しておらず、前記競売手続が被上告人を目的物件の所有者としてなされたものでないことは、所論も認めるところであるから、右競売開始決定に基づき差押の効力が生じても、そのことが被上告人に対して通知されないかぎり、これをもつて被上告人の取得時効について中断事由とするに由ないことは、民法一五五条に徴し明らかである。しかるに、かかる通知がなされた事実は、原審で何ら主張・立証されておらず、所論のうち、競売手続中になされた執行吏による賃貸借の取調の際に当然に右通知があつたものと見るべきであるとする点は、根拠のない独断というほかはないから、取得時効の中断を認めなかつた原審の判断に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について。

所論は、原審が被上告人の占有をもつて公然の占有と認めたのは、民法一六二条の解釈を誤つたものであるという。しかし、同条にいう公然の占有とは、占有の存在を知るにつき利害関係を有する者に対して占有者が占有の事実をことさら隠蔽しないことをいうものと解すべきところ、被上告人が一〇年間所有の意思をもつて公然に占有を継規したものと認めた原審の判断を違法とすべき理由は、記録上見出しえず、所論のように、賃貸借の取調にあたつた執行吏や競落人において被上告人が所有の意思をもつて占有している事実を知りえなかつたからといつて、ただちに被上告人の占有に隠秘の瑕疵があるものということはできないから、論旨は採用することができない。

同第三点について。

所論は、被上告人が本件不動産の占有の始に善意かつ無過失であつたと認めた原審の判断の違法をいう。しかし、民法一六二条二項にいう占有者の善意・無過失とは、自己に所有権があるものと信じ、かつ、そのように信じるにつき過失がないことをいい、占有の目的物件に対し抵当権が設定されていること、さらには、その設定登記も経由されていることを知り、または、不注意により知らなかつたような場合でも、ここにいう善意・無過失の占有というを妨げないものと解すべきである。そして、右の見地に立つときは、被上告人が所有の意思をもつて本件不動産の占有を始めるにあたり、善意・無過失であつたものと認めた原審の判断は、原判決挙示の証拠に照らし首肯するに難くなく、原判決に所論の違法は存しない。論旨は、右に説示したところと異なる独自の見解に立つて原判決の違法をいうものであり(引用の判例は事案を異にし、本件に適切でない。)、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

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